小説『ストーカー』は、異星人が地球に残した危険な地帯「ゾーン」に入り、謎の品物を持ち出して生きる男の物語です。作者はアルカジイとボリスのストルガツキー兄弟で、原題は『路傍のピクニック』です。

1972年に発表された小説をもとに、タルコフスキー監督が1979年の映画『ストーカー』を制作しました。ただし、小説の主人公と映画の案内人は、そのまま同じ物語を生きる人物ではありません。

日本語版は深見弾訳です。まず原作の設定とあらすじを説明し、後半で結末と映画との違いを扱います。早川書房の作品紹介

ゾーンとは何ですか? ストーカーは何をする人ですか?

異星人は地球を訪れましたが、人類と交流しないまま去りました。その痕跡が残る場所がゾーンです。見知らぬ物品だけでなく、何が起こるか予測できない現象も存在します。

研究機関はゾーンを管理しようとします。一方、危険を承知で入り、品物を持ち出して売る人々が現れます。彼らが「ストーカー」です。ここでの言葉は、人につきまとう犯罪者という意味ではありません。

主人公レドリック・シュハルトは、その一人です。ゾーンは研究対象であると同時に生活の糧ですが、安全に出入りできる職場ではありません。案内人の経験も、未知の危険をすべてなくすものではないのです。

あらすじ:異星文明の遺物を売る男と、その家族

レドリックは、研究のためにゾーンへ入る仕事にも関わっています。しかし、知識や注意があっても犠牲を防げず、同行した研究者キリールを失います。

やがて非合法の仕事を続けるなかで、別のストーカーであるバーブリッジを救います。バーブリッジは、願いをかなえるという「黄金の玉」の存在を彼に伝えます。

ゾーンの影響は、入った本人だけにとどまりません。レドリックの娘は「モンキー」と呼ばれ、身体や振る舞いに異変が現れます。家族を養うための仕事が、家族の将来を脅かしてもいる状況です。物語の流れと人物を確認できる作品項目

研究、密売、生活が交わるため、ゾーンは「人類が力を合わせて解く謎」としてだけ描かれません。誰が危険を引き受け、誰が利益を得るのかという問題も、レドリックの行動に重なります。

登場人物を整理します

人物 物語での立場
レドリック・シュハルト ゾーンで働くストーカーです。レッドとも呼ばれます
グータ レドリックの妻です
モンキー レドリックの娘です。ゾーンの影響と家族の問題を結び付けます
キリール レドリックとともにゾーンへ入る研究者です
バーブリッジ 黄金の玉について知るストーカーです
アーサー バーブリッジの息子です。最後の探索に同行します

章ごとに時間が進み、語り方も変わります。人物の名前だけを覚えるより、研究する側、持ち出す側、その影響を受ける家族という関係で見ると、話を追いやすくなります。

結末:アーサーはなぜ死ぬのですか?【ネタバレ】

レドリックは、アーサーを連れて黄金の玉へ向かいます。その手前には、誰か一人が犠牲になることで通過できる罠「肉挽き機」があります。

レドリックは危険を知っていますが、アーサーに本当の事情を知らせません。アーサーは人々の幸福を願いながら先へ進み、罠にかかって死にます。

黄金の玉を前にしたレドリックは、自分の願いをうまく言葉にできません。最後には、亡くなったアーサーが口にしていた、誰も取り残されず幸福になることを願う言葉へ行き着きます。終盤の筋を記載した英語版作品項目

この願いは、直前にアーサーを犠牲にした行動と切り離せません。すべての人の幸福を求める言葉の前に、一人の若者の命が奪われています。救いを求める場面でありながら、主人公を無条件に正しい人として見せる結末でもないのです。

最後の願いは、かなったのでしょうか?

願いが実現した結果は、作中で示されません。 娘の異変が解消した、すべての人が幸福になった、といった後日談まで描かれる終わり方ではありません。

そのため、結末の解説では「何を願ったか」と「何が起きたか」を分ける必要があります。願いの内容をそのまま出来事として書くと、小説が残した不確かさが消えてしまいます。

原作を扱う書評でも、明確な幸福の後日談が描かれないことに触れています。電羊倉庫の書評

原題『路傍のピクニック』は、どんな意味ですか?

道端で休んだ人々が、ごみや道具を残して去ったとします。その場にいる小さな生き物には、残された物の用途も、持ち主の目的も分かりません。

人類と異星人の関係を、この状況にたとえる考えが作中に登場します。人間にとって驚くべき技術でも、訪れた側にとっては、取るに足りないものかもしれません。

ここで揺らぐのは、異星人との遭遇は人類へ向けた重要なメッセージのはずだ、という期待です。人間が意味を読み取ろうとしていることと、相手が意味を伝えようとしたことは同じではありません。

タルコフスキーの映画『ストーカー』と原作の違い

映画は原作の設定をもとにしていますが、登場人物と旅の目的を組み直しています。映画公式紹介

比較する点 小説 映画
旅を追う人物 レドリックと、その仕事や家族をめぐる人々 案内人のストーカー、作家、教授
願いをかなえるとされるもの 黄金の玉 ゾーンにある部屋
展開 年月をまたぎ、探索と生活が描かれます 三人のゾーンへの旅が中心です

映画の「作家と教授が部屋へ向かう」というあらすじを、小説の説明として置き換えることはできません。また、小説の最後のアーサーの場面を、映画の結末として扱うのも誤りです。

同じ題名から読む・観る場合でも、ゾーンをめぐる二つの異なる作品として区別すると整理できます。

この小説は、異星人の正体を解く話ですか?

異星人の意図を完全に説明する答えへ到達する話ではありません。人類が分からないものを調べ、売買し、生活に取り込みながら、なお理解できない状況が続きます。

その意味では、謎の用語が登場したらすぐに仕組みを説明してもらえる、という読み方とは相性がよくありません。「人間には理解できない」という問題を重視した解説もあります。『路傍のピクニック』の知性と理解を扱う考察

未知の存在を相手にしたとき、人間自身の理解の限界が現れるという読み方です。この点に関心があるなら、『ソラリス』のあらすじと「海」の解説も、異星の存在を人間の尺度で理解できるのかという問題につながります。

ピクニックのたとえは、異星人の目的が判明したということですか?

いいえ。作中で語られるのは、来訪を理解するための仮説です。「異星人は単なるごみを捨てに来た」と事実として断定する説明とは区別します。

残されたものを重要視する人間と、そもそも人間を意識していたか分からない来訪者。その見方のずれを表すためのたとえと読むと、題名の意味をつかみやすくなります。

参照した資料