『猫のゆりかご』は、カート・ヴォネガットが1963年に発表したSF小説です。原子爆弾を開発した科学者について調べる語り手ジョーナが、カリブ海の架空の島サン・ロレンゾで、世界を破滅させる発明と、人々を支える奇妙な宗教に出会います。
題名は、英語でcat’s cradleと呼ばれるあやとりを指します。結末では、アイス・ナインが海に広がり、世界の水が凍ってしまいます。 以下では、ネタバレなしの概要の後に、破局までの経過と最後の意味を整理します。
あらすじ|ネタバレなし
ジョーナは、広島に原子爆弾が投下された日に、爆弾の開発にかかわった人々が何をしていたかを調べようとします。その過程で、科学者ハニカー博士の家族を訪ねます。
博士が残したのは、原子爆弾にかかわる仕事だけではありません。普通の水を触れたところから固体に変えてしまう、アイス・ナインという発明がありました。その存在は、博士の三人の子供たちの人生にも関係しています。
やがてジョーナは、取材のためサン・ロレンゾ島に向かいます。そこは独裁者“パパ”モンザーノに支配され、ボコノン教という宗教が禁じられた国です。しかし、表向きの禁止と人々の暮らしには、奇妙なずれがあります。
主な登場人物と、アイス・ナインとの関係
| 人物 | 物語での役割 |
|---|---|
| ジョーナ | 科学者の取材から、島の政治と破局に巻き込まれる語り手です |
| ハニカー博士 | 原子爆弾の開発にかかわり、アイス・ナインを発明した科学者です |
| アンジェラ、フランク、ニュート | 博士の三人の子供です。発明を引き継ぎ、それぞれの人生に利用します |
| モンザーノ | サン・ロレンゾの独裁者です。フランクからアイス・ナインを得ます |
| モナ | モンザーノの養女です。ジョーナが島の権力にかかわる理由の一つになります |
| ボコノン | 島の宗教を作った人物です。禁じられた教えを通じて人々に影響します |
アイス・ナインとは何ですか?
アイス・ナインは、常温でも固体である特殊な水の構造として描かれる、作中の発明です。液体の水に触れると、その水も同じ構造の固体へと変わっていきます。
危険なのは、それが一か所だけで終わるとは限らないことです。海や川に流出すれば、つながった水へ変化が広がり、地上の環境を壊してしまいます。
作中では、泥に悩む軍隊の問題を解決する発想と結びついています。小さな用途に向けた発明が、扱う人間の欲望や無関心によって、地球規模の危険になります。科学的に作れることと、それを誰に渡し、どう管理すべきかを考えることは、別の問題として描かれます。ここで説明しているのは、小説内の設定です。
ここから結末を含みます。
あらすじの続き|なぜ世界が凍るのでしょうか?
博士の発明は、子供たちに分けられていました
ハニカー博士の死後、三人の子供たちはアイス・ナインを保有しています。その一つを持つフランクは、サン・ロレンゾで地位を得て、独裁者モンザーノの近くにいます。
ジョーナが訪れたとき、病気のモンザーノは後継者を求めています。フランクは、その役を自分で引き受ける代わりに、ジョーナに持ちかけます。ジョーナはモンザーノの養女モナにもひかれ、島の政治に巻き込まれていきます。
モンザーノの死体が、破局のきっかけになります
モンザーノはアイス・ナインによって死に、その体も固体化します。危険は、瓶に入った物質だけでなく、彼の死体にも残っているのです。
式典の航空機が事故を起こし、宮殿に衝突します。凍ったモンザーノの死体が海に落ちることで、アイス・ナインの作用が海へ広がり、世界の水が凍っていきます。
大気にも激変が起き、ジョーナとモナは地下に避難します。秘密の発明、権力の引き継ぎ、式典の事故が、取り返しのつかない破局へつながります。
生き延びても、世界は元に戻りません
避難場所を出たジョーナたちは、荒廃した島と、死んだ住民たちを目にします。モナも命を絶ちます。ジョーナは、少数の生存者と暮らしながら、起きた出来事を書き残します。
この小説は、英雄がアイス・ナインを無害化して、地球を救う結末にはなりません。
結末|最後にボコノンが語ること
最後にジョーナは、ボコノン本人に出会います。ボコノンは、人間の愚かさを書いた本とともに、自分の最期を迎える姿を想像します。そこには、神に対する皮肉な身振りも含まれています。
世界を救う答えの代わりに、愚かさを記録した本と、最後の冗談のような言葉が残る終わり方です。
ボコノンがそうした最期を想像して語ることと、ジョーナがその行動を実際にすべて行ったと確認できることは分けて読む必要があります。最後の言葉を新たな出来事として言い換えると、開かれた終わり方を狭めてしまいます。
ボコノン教はどんな宗教でしょうか?
ボコノン教は、この小説の中で作られた架空の宗教です。自分たちの教えを真実そのものとするのではなく、人々が厳しい現実を生きるための作り話として提示されます。
サン・ロレンゾでは、政治と宗教の対立さえ、人々に意味と希望を与える演出として利用されます。禁止されていても、独裁者を含む多くの住民が信じています。
ただし、ボコノン教が人々を慰めることと、最後まで命を救うことは同じではありません。破局後の住民の死にもかかわるため、単純に「科学は悪で、宗教は善」と分類すると、物語のねじれが見えなくなります。
人を支える言葉が、悲惨な現実を受け入れる言葉にもなるという点は、同じ著者の『スローターハウス5』の「そういうものだ」と比較して読むことができます。ただし、二作の世界や宗教が同じ設定というわけではありません。
題名のあやとりは、何を意味するのでしょうか?
ハニカー博士の息子ニュートは、あやとりの形を見て、そこに猫もゆりかごもないと指摘します。糸の形に付けられた名前と、実際に見えているものが一致していないのです。
これは、科学や宗教や国家が与える説明を、現実そのものだと思い込むことへの問いとして読めます。人間は糸の形に意味を与えますが、その意味を信じたことだけで、危険な現実が変わるわけではありません。