『夜来たる』は、六つの太陽に照らされる惑星で、約二千年に一度だけ訪れる夜を描いたアイザック・アシモフのSF短編です。人々が恐れるのは暗闇だけではありません。夜空に現れる無数の星が、それまで信じていた宇宙の姿を崩してしまいます。原作短編の結末は、星空を目にした人々が混乱し、街の火災によって文明の崩壊が再び始まる、というものです。

詳しい経過は、ネタバレなしの概要の後にまとめています。

同名の短編集と長編版もあります。この記事では、まず原作短編の内容を紹介し、その後で結末と各版の違いを整理します。

『夜来たる』は短編・短編集・長編のどれですか?

作品・本 著者 内容
原作短編『夜来たる』 アイザック・アシモフ 1941年発表。夜の到来を描く一つの物語です
ハヤカワ文庫の短編集『夜来たる』 アイザック・アシモフ 表題作と別の短編を収録した本です
創元SF文庫『夜来たる[長編版]』 アシモフ/ロバート・シルヴァーバーグ 原作を長編に広げた作品です

短編集に入った全作品が、同じ惑星の物語というわけではありません。長編版は短編集の別装丁でも続巻でもありません。

あらすじ|ネタバレなし

舞台は惑星ラガッシュです。空には六つの太陽があり、普段は少なくとも一つが空を照らしています。住民にとって、屋外の夜は日常の経験ではありません。

ところが科学者たちは、過去の文明が約二千年ごとに崩壊していたことと、迫る日食の関係に気づきます。ほかの五つの太陽が空にないとき、残った一つも日食で隠れれば、惑星は闇に包まれます。六つの太陽すべてが一斉に消える、という出来事ではありません。

新聞記者は、夜が文明を滅ぼすという予測を疑い、天文台を訪れます。科学者たちは観測の準備を進めますが、彼らも夜空が何を見せるかまでは知りません。

ここから原作短編の結末を含みます。

原作短編のあらすじと結末

過去の火災と夜がつながります

考古学の証拠は、文明が周期的に焼け落ちてきたことを示します。宗教的な伝承にも、闇や星に関する記述が残っています。天文学の計算と心理学的な調査が、その危険を別の方向から裏づけます。

闇に慣れていない人々は、明かりを求めて身の回りのものに火をつけるかもしれません。科学者たちは、夜と大火災のつながりを予測します。

科学者は文明を残そうとします

天文台では日食を記録しようとします。また、明かりのある避難場所を用意し、人や知識を残す計画も進めます。予測が正しければ、次の文明に夜の危険を伝えることができるからです。

夜空に星が現れます

最後の太陽が隠れると、空には膨大な数の星が現れます。住民は昼の空しか知らなかったため、自分たちの太陽の外側に、これほど広い宇宙があると理解していませんでした。

科学者たちも星の存在を十分には予測できていません。日食の観測が、そのまま彼らの知識の限界を突きつける場面になります。

暗闇への恐怖に加えて、宇宙についての確信が崩れる衝撃が人々を襲います。結末では、街の火災を示す明かりが見え、文明の崩壊が再び始まったことが示されます。

原作短編は、この夜を生き延びた人々が社会を再建するところまでを描く物語ではありません。避難計画があることと、その計画によって文明が無事に救われたことは区別する必要があります。

夜ではなく星が恐ろしいのはなぜでしょうか?

地球の読者には、星空は身近なものです。しかしラガッシュの住民にとっては、世界の前提を壊す光景です。夜の恐怖を理解するには、この経験の違いを押さえる必要があります。

科学者は日食を予測できても、初めて見る星空への反応までは制御できません。未知のものを説明する知識と、未知のものを受け止められることは同じではない、という読み方ができます。

また、宗教的な伝承と科学者の予測は、同じ危険を異なる言葉で伝えています。単純に「科学が正しく、伝承はすべて間違い」とまとめると、過去の夜の痕跡が残っているという設定を見落としてしまいます。

短編と長編版の違い

長編版は1990年に刊行され、アシモフとシルヴァーバーグの共著になっています。原作の着想をより長い物語として読むための版です。日本語版は東京創元社から刊行されています。

確認したいこと 原作短編 長編版
惑星の名前 ラガッシュ カルガッシュ
主な読みどころ 夜の到来に向かう緊張と、星空がもたらす衝撃 同じ着想を広げた、人物と社会の物語
日本語の本 ハヤカワ文庫の同名短編集などに収録 創元SF文庫の長編として刊行

長編版を探す場合は、題名の「長編版」という表示と、シルヴァーバーグの名前を確認すると取り違えを防げます。早川書房の同名短編集には美濃透訳、東京創元社の長編版には小野田和子訳の書誌が掲載されています。

原作の結末を知りたい場合は、短編を基準にするのが分かりやすいです。長編版の人物名や展開を、そのまま1941年の短編に当てはめないようにしましょう。

書誌・参考情報