『高い城の男』は、第二次世界大戦で日本とドイツが勝ち、アメリカを支配している世界を描く、フィリップ・K・ディックの長篇小説です。その世界で、今度は「連合国が戦争に勝った歴史」を描く小説が読まれています。
物語は、骨董商、工芸職人、日本の通商代表部の高官、作中小説の作者を訪ねる女性の視点を行き来します。それぞれの生活を追ううちに、戦争の勝敗だけでなく、何を本物と信じるかが問われるようになります。
ここでは原作小説のあらすじと結末を解説します。同名のテレビドラマとは筋や結末が異なります。まずネタバレなしの概要を紹介し、後半で最後の場面と、その意味を整理します。
『高い城の男』のあらすじ【ネタバレなし】
舞台は1962年です。ただし、この小説では第二次世界大戦が1947年に枢軸国の勝利で終わり、その後のアメリカは分割されています。西海岸は日本、東部はドイツの支配下にあり、間のロッキー山脈周辺には中立地帯があります。
日本人の収集家にアメリカの骨董品を売るロバート・チルダン、独立を考える工芸職人フランク・フリンク、日本の通商代表部の高官である田上信輔。彼らは占領下のサンフランシスコで、それぞれ異なる問題を抱えています。
一方、中立地帯で暮らすジュリアナ・フリンクは、『イナゴ身重く横たわる』という小説に引かれていきます。日本とドイツが敗れた歴史を描くその本の作者は、ホーソーン・アベンゼン。「高い城の男」と呼ばれる人物です。
作中の人物たちは、中国の古典『易経』を使う占いにも、判断の助けを求めます。骨董品をめぐる商売、国家間の秘密交渉、作者を訪ねる旅が並行して進みます。世界を変える一人の英雄を追う形ではなく、別々に生きる人々の行動が、思いがけないところでつながる群像劇です。
著者・刊行年・受賞歴
原題は The Man in the High Castle。英語原作は1962年刊行で、1963年のヒューゴー賞長篇部門を受賞しています。ヒューゴー賞公式の受賞一覧で確認できます。
日本では早川書房から刊行されています。浅倉久志訳のハヤカワ文庫SF版は432ページで、出版社の書誌情報に載る刊行日は1984年7月21日です。原作の発表年と、この文庫版の刊行年は異なります。
主な登場人物と、それぞれの立場
人物を覚えるときは、名前だけでなく、何をしている人かを押さえると筋を追いやすくなります。
| 人物 | 立場・物語での役割 |
|---|---|
| ロバート・チルダン | サンフランシスコの骨董商。日本人の顧客にアメリカの収集品を売っています |
| フランク・フリンク | ユダヤ系の工芸職人。出自を隠して暮らし、新しい装身具を作ろうとします |
| 田上信輔 | 日本の通商代表部の高官。チルダンの顧客で、バイネスとの交渉に関わります |
| ジュリアナ・フリンク | フランクと離れて暮らす柔道教師。ロッキー山脈周辺の中立地帯に住んでいます |
| バイネス | スウェーデンの実業家として田上に会いに来る、謎の人物です |
| ジョー・チナデーラ | ジュリアナと旅をする、イタリア人を名乗る男です |
| ホーソーン・アベンゼン | 『イナゴ身重く横たわる』の作者。「高い城の男」と呼ばれています |
主な流れは、チルダンとフランクの商売、田上とバイネスの交渉、ジュリアナの旅の三つです。原作の人物と筋は、EBSCOの作品解説や原作を扱う批評論文でも整理されています。
ここからは、原作小説の終盤と結末のネタバレを含みます。
『高い城の男』の結末を解説――最後の易は何を示すか
原作の結末では、ジュリアナが易の答えから、作中小説の描く「日本とドイツが敗れた歴史」を真実だと受け止めます。 最後に、それまで信じられていた世界の姿が揺らぐのです。
ジュリアナはアベンゼンを訪ね、その小説の執筆に易が使われたことを知ります。そして、易はなぜその本を書かせたのか、読者に何を伝えようとしたのかを問います。
出るのは、第61卦の「中孚」。英語では Inner Truth、内なる真実を意味する卦です。ジュリアナは、その答えを「小説が真実を語っている」という意味に受け止め、日本とドイツは戦争に負けたのだと考えます。最後の問いと卦は、大学リポジトリの論文の87ページでも、第15章を参照して説明されています。
物語は、ジュリアナがアベンゼンの家を去るところで終わります。アメリカが解放され、日独の支配が終わる場面は描かれません。政治や戦争の問題がすべて決着するのではなく、ジュリアナがそれまでの世界を疑うところで物語が閉じられます。
原作の物語はどう進むか
フランクとチルダン――骨董品から新しい装身具へ
チルダンの店では、アメリカの過去に由来する品々が、日本人の収集家に売られています。しかし、その市場には偽物も流通しています。
フランクは偽の骨董品を作る仕事から離れ、仲間のエドと新しい装身具を作ろうとします。過去の品を本物らしく見せる商売と、まだ価値の定まっていない新しい作品を作る仕事が、ここで対比されます。
田上とバイネス――日本への攻撃計画
スウェーデンの実業家を名乗るバイネスは、実際にはドイツの軍人ヴェゲナーです。彼は日本側に、ドイツによる核攻撃計画「タンポポ作戦」の情報を伝えようとしています。
田上は秘密交渉に巻き込まれ、バイネスを狙う工作員を撃ちます。その後、人を殺した経験に苦しむ田上は、フランクが作った装身具を手に、普段とは異なるサンフランシスコを経験します。
また、田上はフランクのドイツ側への引き渡しを拒み、釈放を命じます。田上は、助ける相手が装身具の作り手だと知っているわけではありません。それでも、作品と判断を通じて、一方の人生がもう一方の人生に関わっています。このつながりは、山内暁彦による論文の5ページで、第14章の場面を踏まえて説明されています。
ジュリアナとジョー――作中小説の作者を訪ねる旅
ジュリアナはジョーという男とともに、アベンゼンを訪ねる旅に出ます。しかし、ジョーの目的は作者の暗殺でした。ジュリアナはその正体に気づき、彼の喉を切りつけ、単独で作者のもとへ向かいます。
ようやく訪ね当てたアベンゼンは、噂から想像されるような城ではなく、普通の家で暮らしていました。そこでジュリアナは、『イナゴ身重く横たわる』の執筆に易が使われていたことを知ります。
LitChartsのあらすじでも、ジョーの正体から作者への訪問までの筋を確認できます。
結末を読むときの疑問
『イナゴ身重く横たわる』は現実の歴史と同じですか?
同じではありません。 連合国が勝つ点は私たちの歴史と共通していますが、アメリカの大統領や戦後の国際関係などには違いがあります。
たとえば作中小説では、ルーズベルトに代わってタッグウェルが戦時中の大統領を務めます。現実の歴史をそのまま小説の中へ入れたわけではありません。EBSCOの作品解説も、この違いを挙げています。
そのため、小説の中の世界が偽物で、私たちの現実だけが正解だった、と単純に整理することはできません。少なくとも、「日独が勝った『高い城の男』の世界」「連合国が勝った作中小説の世界」「読者が生きる現実の歴史」は、分けて考える必要があります。
田上が見たサンフランシスコは、どの世界ですか?
田上は装身具を手にしているとき、見慣れない道路があり、日本人が優位に扱われないサンフランシスコを経験します。いつもの占領下の都市とは違う風景です。
この場面を、別の現実へ触れた経験として読むことはできます。ただし、その場所が『イナゴ身重く横たわる』の世界と完全に同じだ、とまで断定する必要はありません。アーロン・バーロウの批評も、田上の経験と、作中小説の真実を別々の論点として扱っています。
整理すると、ジュリアナは本と易を通して世界を疑い、田上は装身具を手にした経験を通して普段とは異なる世界に触れます。どちらも現実の確かさを揺さぶる場面ですが、登場人物と起きたことは異なります。
世界が偽物だった、という解釈でよいですか?
それは結末の代表的な読み方の一つです。ただし、「作中でジュリアナがそう受け止めたこと」と「作者が世界の仕組みをすべて確定させたこと」は同じではありません。
易の答えを文字どおりに読み、別の現実があると考えることもできます。一方、虚構の小説にも、人々が現実を問い直すための真実があると読むこともできます。後者の読み方は、アーロン・バーロウの批評論文でも論じられています。
解説――骨董品・装身具・易がつながる理由
骨董品の価値は、その品がどんな歴史を経てきたかに左右されます。見た目が同じでも、本物と偽物で扱いが変わります。
対してフランクの装身具には、有名な人物が使ったという来歴がありません。新しく作られた作品が、それでも人に作用します。田上の経験を、歴史や権威の証明がないものにも価値があると気づく場面として読むことができます。
作中小説も、これと似た問いを生みます。架空の歴史として読まれていた本が、読者の世界観を揺さぶります。どれが本物かという問いが、売られる品物から、信じている歴史そのものへ広がっていきます。
易は、その不安定な世界で人物たちが判断の助けにするものです。しかし、人々の行為すべてが易に決められるわけでもありません。田上がフランクを助ける判断を、個人の意思に注目して読む余地もあります。
原作小説とドラマ版の違い
同名のドラマは原作をもとにしていますが、原作のあらすじをそのまま映像化したものではありません。原作では小説『イナゴ身重く横たわる』が重要な役割を持ちます。ドラマでは、別の歴史を映すフィルムが物語を動かします。ドラマ公式の第1話紹介でも、フィルムをめぐる筋が説明されています。
| 比較する点 | 原作小説 | ドラマ |
|---|---|---|
| 別の歴史を示すもの | 小説『イナゴ身重く横たわる』 | 別の歴史を映すフィルム |
| ジュリアナ | ジュリアナ・フリンク。フランクと離れて暮らしています | ジュリアナ・クレイン |
| 物語の範囲 | 一冊の長篇小説。複数の人物の筋が並行して進みます | 全4シーズン。独自の人物や筋が加わっています |
| 主要人物の追加 | ジョン・スミスと木戸警部は登場しません | 二人とも物語の重要な人物です |
全4シーズンであることはPrime Videoの作品情報、登場人物はApple TVの作品ページなどで確認できます。原作にない人物と筋の拡大は、山内暁彦の論文の2ページでも比較されています。