オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』は、幸福と社会の安定のために、人間の生まれ方や欲望まで管理する未来を描いた小説です。主人公たちが問いかけるのは、苦しみを取り除いた社会で、自分の生き方を選ぶ自由が残っているのかということです。
対象はハクスリーの原作小説 Brave New World です。前半はネタバレを避けて設定を紹介します。「あらすじと結末」以降は、物語の最後まで触れます。
ネタバレなしのあらすじ
未来の世界国家では、人間が施設で生み出され、生まれる前から五つの階級に振り分けられます。教育によって自分の役割を好きになるように育てられ、つらい感情はソーマという薬で和らげられます。
この社会に違和感を持つバーナードは、レーニナとともに野人保護区へ向かいます。そこには、家族や宗教など、文明社会から取り除かれた生活が残っています。
二人が出会う青年ジョンは、シェイクスピアを読んで育ちました。彼が文明社会へやってくることで、快適さを優先する人々と、違う価値観を持つ人間の衝突が始まります。基本設定と日本語版の情報は、早川書房の作品紹介で確認できます。
世界国家の仕組み――階級・条件づけ・ソーマ
五つの階級と、生まれる前からの選別
人間はアルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、エプシロンの五階級に分けられます。働き方や能力が、社会に必要な役割に合うよう管理されます。努力によって自由に職業を選ぶことを前提にした社会ではありません。
条件づけと、家族を持たない生活
睡眠中に言葉を繰り返す教育などによって、住民は自分の階級や生活を好むように育てられます。人間の出生を施設で管理するため、親子や家族は、文明社会の普通の生活から外れたものとして扱われます。
ソーマが担う役割
ソーマは、つらさや不安を忘れるために使われる作中の薬です。重要なのは、気分をよくする道具があることだけではありません。不満が生まれても、その原因と向き合う前に感情を静められるため、社会の仕組みを変えようとする動機が弱まると読めます。
登場人物の関係
| 人物 | 立場と、世界国家との関係 |
|---|---|
| バーナード・マルクス | アルファ階級の青年。社会に違和感を抱き、ジョンを文明社会へ連れてきます |
| レーニナ・クラウン | バーナードと保護区を訪れる女性。文明社会の価値観の中で育っています |
| ジョン | 保護区で自然に生まれた青年。シェイクスピアの言葉で感情や世界を理解します |
| リンダ | ジョンの母。もともとは文明社会の住民でした |
| ヘルムホルツ・ワトソン | バーナードの友人。言葉や創作に、社会が許す以上の可能性を求めます |
| ムスタファ・モンド | 世界国家の統制官。安定のために自由を制限する理由を説明します |
バーナードとジョンは、同じ理由で反抗する人物ではありません。バーナードには承認されたい気持ちがあり、ジョンには文明社会と相いれない倫理があります。この違いを押さえると、二人を一つの「反乱の主人公」として読む混乱を避けられます。
あらすじと結末【ネタバレ】
ジョンは文明社会の珍しい客として注目されます。しかし、母リンダの死や、周囲の人々との価値観の違いを通して、この世界を受け入れられなくなります。
バーナードとヘルムホルツは島へ追放され、ジョンは統制官ムスタファ・モンドと対話します。安定した幸福を守るためには、自由な探究や芸術を制限する必要があるというモンドに対し、ジョンは苦しみを含む人生を求めます。
その後、ジョンは社会から離れて暮らそうとします。しかし、その生活まで見世物にされ、人々の好奇心から逃れられません。最後にジョンは命を絶ちます。ジョンの死によって世界国家の秩序が倒れるわけではありません。終盤の出来事は、英語版のあらすじ・人物情報でも確認できます。
なぜ幸福な世界がディストピアなのでしょうか?
住民が満足して暮らせることと、満足の仕方を自分で選べることは別です。この世界では、自分に与えられた役割を望むように、成長の過程そのものが管理されています。
苦しみが減ること自体が問題なのではありません。別の価値観を持ちたいと思ったとき、それを探究したり、別の生活を試したりできるかが問題になります。
ジョンを正しい主人公、世界国家を間違った社会として単純に分けると、モンドとの対話を読み落とします。安定に合理的な理由があるからこそ、自由との衝突が生まれると考えられます。
『1984年』との違い
『1984年』では、監視や拷問、言葉の統制によって人間の思考が支配されます。『すばらしい新世界』では、条件づけと快楽によって、別の生き方を求めにくくなります。
ただし、恐怖と快楽の二択だけで説明できるわけではありません。世界国家にも追放という排除があり、誰でも好きに生きられる社会ではないことが示されています。監視による支配を詳しく比べたい場合は、『1984年』のあらすじと結末も参考になります。
題名の「すばらしい新世界」は誰の言葉ですか?
原題は、シェイクスピアの『テンペスト』に由来します。作中でその言葉を口にするジョンは、最初、文明社会に期待を寄せています。ところが、そこで暮らすうちに、題名が示す明るさと、彼が経験する現実との距離が広がります。
題名を最初から単なる皮肉だと決めるより、ジョンの期待がどう変わるかと一緒に追うと、言葉の響きの変化をつかみやすくなります。
日本語ではどの本を読めばよいですか?
大森望訳のハヤカワepi文庫版、黒原敏行訳の光文社古典新訳文庫版などがあります。訳者と版は、早川書房の書籍情報と光文社の作品案内で確認できます。購入時は、著者がオルダス・ハクスリーであることと、訳者名を確認すると選びやすくなります。
この記事で扱うのは、小説の設定と展開です。どちらの訳が自分に合うかは、冒頭の試し読みなどで文章の調子を比べてみてください。