『世界の中心で愛を叫んだけもの』は、ハーラン・エリスンの短篇集の題名であり、冒頭に収められた表題作の題名でもあります。表題作の原題は The Beast That Shouted Love at the Heart of the World です。
10分くらいで読めるボリュームながらその中身は非常に濃密です。
・大量殺人を犯しながら「愛」を叫ぶ男。
・はるか彼方の惑星で謎の彫像に出くわす調査団。
・世界の中心で「狂気」を取り除こうとする超文明。
突拍子もない話がいくつも出てきて、初見では理解するのは難しいですが、それ故に奥深さを感じる作品です。
まずは本の情報と表題作の入口をネタバレなしで紹介します。
その後、結末までのあらすじを整理し「愛」の言葉がなぜ暴力と並べられるのかを考えます。
短篇集と表題作はどう違いますか?
早川書房の公式書誌によると、ハヤカワ文庫SF版は浅倉久志・伊藤典夫訳、1979年刊の512ページで、独立した短篇15篇を収録しています。「世界の中心で愛を叫んだけもの」はその最初の一篇です。表題作のあらすじが、そのまま一冊全体のあらすじになるわけではありません。
出版社は本書を「ヒューゴー賞/ネビュラ賞受賞」と紹介していますが、受賞作は別々です。1969年ヒューゴー賞の短編部門を受賞したのが表題作 The Beast That Shouted Love at the Heart of the World。1969年ネビュラ賞の中編部門を受賞したのは、同じ本の末尾に収められた「少年と犬」(A Boy and His Dog)です。
表題作(世界の中心で愛を叫んだけもの)はどんな話か【ネタバレなし】
米国で普通に暮らしている男性が息を吐くように大量殺人を犯すところから物語は始まります。
そして彼は逮捕され、処刑される直前に「俺は世界中のみんなを愛してるんだ!」と叫びます。
大勢の人を亡き者にしておいて世界を愛している?
読んでいるこちらは混乱します。
しかしなんの説明もされずに舞台は次の場面へ移ります。
交叉時点「クロスフェン」と呼ばれる科学が発展した超文明がくらす場所です。
そこでは悪人から狂気を取り除くための装置が開発されています。
それによりこの交叉時点「クロスフェン」と呼ばれる文明は、犯罪者も悪人もいない平和な世界になると。
しかしある欠点がその装置にはあります。
質量保存の法則というものがあるように、この宇宙では有から無から生まれませんし、有から無を生み出すことはできません。
この装置は悪人から狂気を吸い取ることはできても、それをこの宇宙から完全に消し去ることはできないのです。
だとすれば、一体その装置から吸い出した狂気はいったいどこへ・・・。
結末とネタバレ
ここからはより詳細に作品を紹介していきます。ネタバレを含むのでご注意ください。
1. 大量殺人犯が「愛」を叫ぶ
ウィリアム・スタログという男はは大勢を殺し、死刑を宣告されます。それにもかかわらず、彼は世界中の人を愛していると叫びます。殺人の原因はここでは分かりません。読んでいる方としては何が混乱するばかりです。
2. 交叉時点で7つの頭を持つ竜の狂気が「排出」される
さまざまな時空につながる交叉時点という世界があり、そこでは色んな種族が共存し、科学がかなり発展して超文明を築いています。
そんな交叉時点で、禍々しい狂気を持った男が捕らえられます。
彼の頭は竜であり、しかも7つもあります。
ライナと呼ばれる政府っぽい機関の男は、交叉時点の平穏を守るため、竜の頭を7つ持つ男から狂気を取り除こうと彼を装置にかけます。その装置はあらゆるものを取り除ける装置ですが、完成したばかりで使ったらどうなるのか誰にも分かりません。
科学者のセンフは、影響を見定めてから使うべきだと主張しますが、ライナは強引に装置を起動させ、竜男の邪悪な力は交叉時点から排出されます。
3. センフが自らを装置にかける
竜男の後、センフは自らも装置にかけます。連続して使用によって装置に負荷をかけ停止させることが彼の目的でした。
なぜそんなことを?
センフは知っていました。
装置が取り除いた狂気は消えるのではなく他の世界に排出されるのを。そして他の世界で誰かがその狂気を浴び、竜頭の男のように邪悪な存在となり、誰かの命を大量に奪うことを。
それが冒頭のスタログです。
彼は排出された狂気を浴びたために多くの人を殺めました。
自分たちの平穏のために、自分たち狂気を他の世界に押し付ける。その事実にセンフは耐えられませんでした。彼は「なぜなら私は同胞を愛しているからだ。どこの世界、いつの時代に住む人びとをも愛さなくてはならない」と言って装置に自らをかけました。
そしてその愛も排出され、スタログの暴走は止まり、「世界中を愛しているんだ!」と矛盾したことを叫びました。
4. スタログの像と、最後の箱
センフは装置を止めたことで罪に問われ裁判にかけられます。
彼は有罪になり地球で言う死刑を宣告されます。
センフは最期にライナに問います。なぜ自分を止めて、装置を守ったのか。他の世界を犠牲にして自分たちだけ平和に生きるのか、と。
センフは消え。
地球のどこか、スタログのように狂気を浴び悪行の限りを尽くした男が箱を開け、得体の知れぬ恐ろしいものがそこから溢れ、翌日に第四次世界大戦が始まります。
この作品が言いたいことは何か?
最後まで読んでみたものの、「いったいこの作品は何が言いたいのだろう?」となります。
解釈は人それぞれ自由です。それこそが読書の楽しみでもあります。
ですが、ここではあえてシンプルに考えてみます。
この本のタイトル、「世界の中心で愛を叫んだけもの」
世界の中心とは交差時点のことです。
そしてここはいわゆる天国です。すべての悪意が装置によって排出され善のみが存在する世界です。ですが逆に言えば、交差時点こそがすべての狂気の根源でもあります。
愛を叫んだけものとは?
おそらく、センフだと思われます。
センフが裁判にかけられる場面で裁判官は、彼が他の世界の人たちへの愛ゆえに装置を止めようとしたのを「野獣的行為」と呼びます。
天国でありながら狂気の根源である世界の中心
自分の世界を危険にさらした獣でありつつも他の世界への他者愛を持った男
なぜそんな矛盾が生まれてしまうのか。
この世界はババ抜きのようなものだからかもしれません。自分が幸せになるためには、誰かにババを押し付けなくてはいけない。それがババ抜きのルールであり、変えることはできない。
この世界に無条件の天国は存在せず、どこかにその捌け口を見つけなくてはならない。だがそれによって誰かがババを引くことになる。けれども自分がババを持っているのも耐えられない。
そんな不条理な世界で生きることのやるせなさを描いたのがこの作品かもしれないと思います。
終わりに
最後の箱も、交叉時点で生じた危険がきれいに終わっていないことを印象づけます。ただし、箱だけがあらゆる暴力の原因だと断定する必要はありません。暴力を自分たちの視界から消しても、別の場所や時代に現れる。その不穏さを最後にもう一度読者へ返す結末として読めます。
短篇集には何が収録されていますか?
表題作のほかにも、「101号線の決闘」「不死鳥」「眠れ、安らかに」「サンタ・クロース対スパイダー」「鈍いナイフで」「ピトル・ポーウォブ課」「名前のない土地」「雪よりも白く」「星ぼしへの脱出」「聞いていますか?」「満員御礼」「殺戮すべき多くの世界」「ガラスの小鬼が砕けるように」「少年と犬」が収録されています。図書館の内容細目と文庫版の収録作一覧で照合しました。
この15篇は一つの物語の続きではありません。表題作の意味を知るために全篇を先に読む必要はありませんが、「少年と犬」が別の受賞作であることを含め、本として調べるときには区別しておくと分かりやすくなります。
なお、片山恭一の『世界の中心で、愛をさけぶ』は別の小説です。アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の最終話「世界の中心でアイを叫んだけもの」も、ここで解説した短篇そのものではありません。
書誌と読解の参照先
- 早川書房の公式書誌:文庫版、訳者、刊行情報、収録篇数。
- 1969 Hugo Awardsと1969 Nebula Awards:受賞した短篇を別々に確認。
- 東北大学SF研の読書部会、表題作の詳しい読解:筋の照合に用いた二次資料。